侮辱罪厳罰化によりネット言論で起きるであろう現象の予測

(侮辱)

第231条

事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

 

 

Aはブス!と書き込めば当然侮辱に該当する

Aはかわいすぎる!と書き込めば侮辱には当たらないので直接的な悪口や侮辱が減り皮肉や分かりにくい方向の悪口、侮辱かどうか曖昧な判断しづらいものに変わっていくと思われる。

宇多田ヒカルの歌で好きなパート(思った時に随時更新)

 

 

〜goodbye happiness〜

おお万物が廻り廻る(めぐりめぐる)

おっおっおっダーリンダーリン

誰かに乗り換えたりしません

 

※語感、リズムが大好き。聞くたびに感動する。

 

traveling

不景気で困ります(閉めます)

ドアに注意

 

※注意の歌い方が好き。注意から流れるように古語を使った歌詞に流れていく。

 

 

traveling

みんな踊りだす時間だ

待ちきれず今夜隠れてた願いがうずきます

みんな盛り上がる時間だ

どうしてだろうか

少しだけ不安が残ります

 

※踊りだす、待ちきれず、盛り上がると続いて

「どうしてだろうか、少しだけ不安が残ります」ます、で終わるのも気持ち良い

【相対性理論】ラブずっきゅんの歌詞

一番好きなところ

 

ワタシ年柄年中貝殻集めて歩くの由比ヶ浜

二人が急接近したあの日から、

貝殻集めて歩くの辞めました。

 

ラブ

ラブ

ラブずっきゅんだよ

 

 

 

 

 

二人というのが自分を含む誰かのことなのか、それとも誰かと誰かのことなのかは不明(一般的に考えたら自分と恋人?)

 

その二人の人間関係が変わったことにより関係ないはずの貝殻集めという趣味への興味を失うというのが面白いなあと思う。

そのあとのラブずっきゅんだよ、がどこか哀愁を含んで聞こえるのは私だけでしょうか。

好きな人ができた代わりに好きだった貝殻集めへの興味を失ったという哀愁。

自分の本当に好きなことを人に共有したくない

例えば好きなミュージシャンや好きな映画について聞かれたりすることがあるが本当に好きなものは絶対に答えない。

もし好きなものが相手と被っていたり逆に相手が嫌いだったりという場合そのアーティストを聞くたびにそのことがフラッシュバックして曲へのイメージが侵略されるという感覚があるからである。

 

だからこそ自分の好きなものとか素直に語れる人は純粋であんまり物事気にしない人なんだなあって思う

久しぶりに友達と会うと上手く話せない、緊張する現象について

高校のときの友達に大学生になってから会うとなんか話しにくさを感じる、など。

 

昔は日常的にあっていたから緊張せず話せたが久しぶりに会うとなるとそれはもう社交になるので緊張が生まれる。

 

日常→社交

 

社交不安障害の方は日常会話は普通にできてもこういったケースを避ける。(同窓会に参加しない等)